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<<   作成日時 : 2017/03/21 01:15   >>

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辺見庸「父を問う ―いまと未来を知るために」2017年3月12日(日) Eテレ

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「もうちょっと深く対象化する眼というものを「あなた」もっていなかったのか?という思いがどうしてもある。」


相模原障害者施設殺傷事件は私(ブログ筆者)の中にきっとあるだろう。確かにある。あると思う。


辺見庸『1★9★3★7』2015年10月27日初版、金曜日 第7章
「帰還後は、同盟が戦後、解散して誕生した共同通信に入ることをいさぎよしとせず、「おそらく虚脱と失意のうちに」故郷にもどり、石巻新聞の記者になった。連載は三十四歳のかれが、応召から復員までの回想をつづったもので、ちちなりの戦争の総括ともいえるものだ。... はたしてワレコソセンソウヲヤッタトイウイシキは父にもみあたらず、ほとんどすべの身ぶりが受動態(パッシヴ)なのである。」


「で、さらに一歩踏み込んで、そりゃあり得ない仮定なんだけれども、仮説として、じゃあー、俺だったら、その場に居たらどうしたんだろう。無駄な設問っちゃ、そうだね。居ないんだから。どうしただろう、っていうのも。

部隊全員がヤッて、腸まではみ出た中国人を自分もどばーっていいながら突くのかっていうことですね。

でー、そういう書き方をしていると疲れますよね。俺だったらどうしたろう。関係ないっちゃ、関係ない。自民党の誰とかが言っているようにですよ、自分が生きた時代じゃないと責任は持てない、という言い方は、まあ容易にできるのだけれども、僕は、あんまり、そういう言い方は、考え方ってーのは、知的ではないし、知的ではないどころか、あー、ー れ、物事を、起きたことを、本当に起きたのかどうなのか、あるいは、自分の近親者たちが関わったかどうかっていうことを、まあ戦争一般の問題として、こう、流し込んじゃって、融け流し込んじゃって、えー、こう記憶を薄めて行くうちに、記憶がなくなっていくっていうことは、あー、知、知的でないどころか、やっぱ、ものごとの知(ち)っていうか、人間が知ろうということに対する、うー、冒涜のような気がする訳ね。むしろ、やっぱり、分からなくても辿って行くっていう作業に、うー、大事さ、大切なものっていうのを、をー、口幅ったいけれども ... 思いますよ。

そいで、ねー、じゃあ、どうなんだっていう、こう、短兵急に自分に回答を求めてですよ、自分は、あー、父親の世代の人間たちと違って、ソレをヤらずに済んだかと、と言った場合に、極めて残念ながら、その状況下において、僕の性格と、をー、から言ってですよ、それは分かんない、仮定の話だから答えるっていうことはなかなかできないけれども ...

ヤッたんじゃーねーかなーって、思うんですよねー。
ヤッただ、ヤッたんじゃなかろうか。ヤッたのではないか、
いや、ヤッたな。ていうことですね。

そのー繰り返しで本を書いて行くと辛いことではあるけれども、辛かったし、疲れもする訳だけれども、やらざるを得ない作業でしたね。


☆☆☆
イマの若い人っていう形での、んー、一般的にー、こー、決めつけ方って、○○じゃないけれども、例外がいつもあるなー (中略) とって付けたような正義の側に立たないでね。

自分だったら … やっぱり、オレもホリョをぶっ殺しただろうな、なんて言うーんだけど、でも、こころのどっかでサー、ホント、零点、零1パーセントくらいの可能性として、オレはヤラないという可能性を持っていたい。やっぱり、自分、 ... 国家でもない、人類でもない、誰がオレを許さない、オレが許さない、

オレが許さないよ、それしかないだろう?」

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