八王子―城山―津久井―丹沢

 土曜の朝、用事に向かい、通る公園では、ザラメっぽい湿雪が枯れ枝、常緑樹の葉に当って軽やかな音を立てている。公園は丘陵の尾根道路に続く緑地で、本年初のスノー・コスメは当てつけるように山道を思わせるが、当然、お山はナシ。丹沢ネーサンも相当量積もるね。帰ってスーパーの用事ついでに頼まれた「ガリガリくん」を買って、「そうだな凍結路だよなー」なんて思っていると出口の薄氷に滑って転びそうになる。オッサンが「ガリガリくん」ブチまいてスッテンコロリンじゃー、近所のネーサンのブヒ笑いのネタもいいところだ。そして、今日、日曜も案件が押して山は無理だ。午後になってからネーサン丹沢の見える公園まで行ってみるか、なんていう未練がましい気持ちもこころの肥後の守でムリにキッパリと削ぎ落として置くよ(最初は少々痛むな)。
 「ほんとうの空」のある二本松は福島だ。相模原の二本松という場所は、津久井湖ができる前に、今では水底の荒川地区に住んでいた人々が移転した場所だ。よくある地名の重なりに過ぎない。札幌から寝台夜行で目を覚ますと二本松駅を通過するところだったので良く覚えているけれど、もう大分昔の話。
 一本松、二本松 … 六本松、こういった地名がつくからにゃー、実際目印として勘定分の松の木があったと思う訳で、そして、津久井中野の先きの六本松も、そんなのが見渡せる場所が近辺にあったのだろう。津久井湖の場所には、相模川が普通に流れていたので、かなり渓谷のようなところもあり、例えば、そのようなあたりからも見えたのではないだろうか。かなりテキトーだ。荒川村がどんなところかは、同様に想像するしかないが、R412の道志橋あたりの感じなのかな(最近、「ホトケ」が出ちまった)。川漁があっただろう。津久井城山の付近に小網というバス停があり、城山登山口の一つが小網口。明らかな漁の地名だ。
 推測や想像だけでは、どうにも痒い。それで先週、松茸山に行く前に、小網口から湖の方へ行く寄り道を挟み込んだんヨ。現場に行ったところでどうってことないが、野放図な想像に対する安逸な贖罪感くらいは得られる。そーよ、川漁の痕跡なんてーものはカラッキし無かったが、谷間の痕跡はあったね。トレイルとまで言えそうな雰囲気だ。だが発見と言う程度のものではなく、リッジの径路を辿ると、すぐさま赤い三井大橋に出る。表からは、新しそうに見える赤十字病院の古い姿が湖側から見えるのだが、その落差はかなりあって、そうと分かる迄大分時間がかかった。対岸の最上稲荷の下の湖岸は小さな崖的だということは知っている。だが宮ヶ瀬湖と違って監視カメラはないので降りようとすれば降りられはする。その警報といえば、小倉橋直下、城山ダム(津久井)の放水路の岸辺は奥に入ろうとするとテレセンサーなんかがあるのか、すぐにトロい警報が発せられた。ヤマセミを撮るカメラマンらのおこぼれをデジカメで頂戴しようとしたんだが。

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(大掛かりそうな工事だが、歩道橋を敷設しているだけ。)

 こんなことに関心があるのは、津久井湖を挟んで、同じ「城山」という地名があり、言葉の上というか、地名上では、やや、やっかいなところだからなんだ。
 同地名の近距離併存ということ。城山もそうだが、「川尻」も、南は、小倉橋の付近、北は、湖を隔て、三井、峯ノ薬師の北にある。城山湖は、津久井湖と同じ人造湖で、津久井湖近くに津久井城山があり、地震研のある城山湖あたりも一般的なピーク名はつかないものの、小山がちで、場所知ってる人は別だろうが、初めての人は、地名だけを頼ったら何が何だか、だろーね。おまけに両方の湖に発電所があるし、こりゃー東口に西武デパートがあり、西口に東武があるブクロどころじゃーないよ。
 人工湖が、一つのエリアを分断した。地名の分離的な併存もその影響かもしれない。だが待てよ、湖が出来る前の谷間は、津久井城の要害をなしていたということを読んだ気がする。城山湖の「城山」も北条の軍事拠点からのネーミングと考えられる。烽火台。評議原、城山カタクリの里、竜籠あたりの小丘、小松城、城山湖の城山、荒川谷を隔てて、津久井城山、仙洞寺、茨菰は一連の烽火台だったということだ。城山とは、だから、やれば一々勘定可能な複数の城山を、面倒なので、一括りに指していたこともありそうだ。単純だしね。そう言えば、八王子城もぐるりを取り巻く支城群が特徴的と言える。その支城も主城と同じ土台の小丘のピークにあり、自然地形をそのまま生かす中世山城の構造。だから、同じ地名の近距離併存は分断によるものではなく、元々のものという推測も成り立つが、どうやって検証するのか、空手ではできないな。ところでこの物言いはビミョーだな。元々、同一名のエリアが人工湖によって確かに「分断」されて、外輪山の縁のように名称に残った。あるいは、人為的メモリアル的に湖の南北に残した。仮説は、後者の考えを否定する。後者の真偽は、町史等に当たればいいだろう(楽勝ジャン)。でも何か急に興味萎えて来た、急ぐこともあるまい。人が移住して地名が移ったならば別だが、どちらにしても今の興味の範囲内では繊細な差に留まるよ。
 もっとことを厄介にするのは、マンション名称と同じで、その地名の核心部分をはるかに逸れている交差点にその名がつけられていることだ。
 グダグダと長いが、言いたい事は次だよ。八王子高尾とネーサン丹沢の東北の入り口、津久井に挟まれた地域は、元来同じ生活エリアだったということ。迂回道というか普通の現代の道を通らないで町田大戸あたりから城山を越えて津久井城を抜けて丹沢方面に行くには、名手橋か、三井大橋で湖を通過しなければならない。湖を渡らずに千木良の方にぐっと廻り込んで行くには、廃道がそれを阻止している(でもドンズマリの先きに東光寺があるので、かつては東西を繋ぐ一直線道があったはずだ。そして、東西山道隘路は比較的自由になるので、武田軍のカニ歩きで入り込まれれば、たとえ南北を繋ぐ守りが点在してもそれは鉄板とは程遠い。話を広げるのはここまでに)。なので、交通量はすべからくR143に流れ込み、それと接続する決して広くない南北を繋ぐ県道にかなりの負荷を掛けている。だから、確かに、いずれできる圏央道がこのエリアでの南北流通の至便きわまりない大動脈にはなる訳だ(クルマにとってだが、そして、道路はそれがすべてだが)。
 城山湖あたりに都境・県境があり、都側は「相原町」ということで、横浜線の相原の方は「町」が付かない、「相原」。止めに、もう一コ行く?「相原」高校は、橋本駅前で、そんで、R143の相原台にあるのは、相原中学と隣接する「橋本」高校。ワーガンね。まあ、空見てれば、そんなことドーデもいいサ。だけれどサ、降雪のあとの丹沢ネーサンの空は、ほんとの空だろうヨ、今日はなー。