メルトダウン「放射能大量放出」


 昨年の2013年、9月4日。

 朝9時台の地震、体感震度4はあると感じた。速報の震度はそれより小さい。

 その後、夢で捩じれるような嫌な感覚が蘇る。まだ数日しか経ってない。震源と広域に揺れた場所が離れて、東北の一部である関東から東北に震度指標が弓なりになる図をみる。自然への畏怖。で、妙な天気で蒸し暑くやり過ごしにくい。台風が熱低に変わり、暖湿を運び、雨雲が東西に推移するのではなく、ほぼ南北に移動する。

 竜巻も出た。

 水は重い。それを入れたタンクはヨリ一層重い。タンクの数は尋常ではない。タンクは急ごしらえ。

 フランジは、溶接でなくパッキンを噛ましてボルト締め。

 フランジと言えば、首相の顔に、フランジが立って来て、親類のエーチャンにどことはなく似て来ている。ゴリラ(オラウータンかな?)の顔のフランジは、支配力が増しボス的になると自然に出て来るもようだけれども、プラスッチックの気配がする。

 ところで、冷却水の循環システムは本当に稼働しているのだろうか。ALSPとかいう装置も応急処置的で、すぐに目詰まって、水を循環できないから、ポンプで汲み取って、タンクに溜める。

 処理に困るので、水で薄めて海に流したい(もう流し続けている)。

 強い地震がくれば、プラント本体はもちろん、放射能水の無数のタンクがどうにかなり、放射能汚染水沼と成り果て、人が近づけなくなる事態は想像できる。加えて、4号機の使用済み燃料プールの一か八かの「賭け」もある。3号機付近の大型クレーンの故障もあった(先端部の20Kgが地面に接したと報道された)。やらないよりマシの凍土壁よりも、どうみても有効なタンカーによる放射能汚染水の搬送は、実行される兆しすらない。

 どれもこれも9月の一週間くらいの出来事なのだ。こうして時間が経つ。


 ところで、ついこの間、放映されたというNHKの特番。「大量放出」。以前の「メガクェイク」と同じ造りだろうと、リアルタイムでは無視した。

 FR3の「地球規模の汚染」21分48秒の「鉄板でガンマ線をブロックして実際の線量を隠蔽するモニタリング・ポスト」や、ドイツZDFハーノ記者「福島の嘘:隠蔽・詭弁・脅迫」全編を見た方がいいと思ったからである。



 最後に取材デスク記者の当然の思いが表明されるのだが、テーマが「放射能大量放出」の極めて局所化された点だけに特化されており、最後の砦である格納容器をいかにして放射能が突破したのかを、現時点でのデータや計算機による模擬実験により推測する、お好きな人向けの「科学番組」めいた続編となっている。

 端的に言おう、テーマの矮小化だ。作成サイドの「苦悩」などを忖度する気はさらさらない。別に、受信料を強制徴収されているから言うのでもない。自分たちに都合のいいだけの「放送ガイドライン」に沿っている様を指摘したいだけだ。

 娯楽番組としてはマシな方だろうが、テーマは、娯楽に相応しいだろうか。他人ごとの興味を促してはいないのか? 「大本営」に加担していないのか?安ものの「放送文化」で満足したつもりか?

「大量放出」後の影響、とりわけ、被曝による健康被害と、あたかも、実際に肉と骨が引き裂かれるようだと形容するのを想像するに難くない避難については、実質的に一切黙る。

 もちろん汚染水にも。そうなった人々の赤剥けの存在に、ミリ単位でも肉薄するのが、メディアと呼ばれる、古くは、言葉だけ、それも、話し言葉のみだった行為の存在理由だと気づくことは、アタマで理解しても、それを現前させるのは、こう能書きを垂れている己も含め、持続するのは苦しく、稀だ。

 上のドイツの番組を遥かに越えるフンダンな予算が投入されていることだろうが、構成、効果、音楽、映像とも格段に劣る。しかし、それ以前で、3分の内容を50分くらいにしているのだから、このような要素の工夫のしどころもないということだ。番組の要点は3分までで終了している。

 水素爆発と核爆発により、格納容器の封じ込め機能は完膚なきまでに失われ、すでに、人が近づけない、オープン原子炉となって、毎日、地下水、大気、海洋に放射性物質が拡散し、手が施せない、と。

 一点だけ興味深かったのは、双葉町上羽鳥のモニタリング・ポストの三日間のデータ解析の際に、本当のSPEEDI(WSPEEDI-II、2009年完成)の立体映像が出懸った点だ。

 その仄めかしは、依然としてWSPEEDI-IIによるデータ解析は公開できないことを示す(3年かけてスピーディーに計算中?)。火山噴火物の飛散するありさまを計算したデモがあるのだが、粉塵が山を越え、谷を舐め、蜷局を巻いて一瞬のうちに流れ行く、それはそれは生々しい様子が描き出される。

 格納容器の「自殺」(後藤政志さん)であるベントは、密閉機能を自ら解く、最終手段である。事実は、ベントを(不完全ながら)行っても格納容器が破壊されたということだ。

 3号機も爆発したのだから(どこが?)大量放出は至極、当然な訳で、結局(直接は関係がないのだが)、事故機と同タイプの格納容器の設計を根底的に見直すか、こんな装置はもう止めるか以外にないのだが、格納容器を据えるコンクリ台座局所を補強するなどして、現状の施設のままでも、また、外からポン付けして再稼働に向かうという、実にしみったれた拝金犯罪を予測させるだけの特番だった。

 40年も経ったプラントの最重要部分の一つ(格納容器)を交換するということは、全くもって、実際、一からそのプラントを作り直すことに等しく、全く以て、交換は当然のメンテナンスなのに、それを金勘定の具合でケチったために、「黄金」を作り出し続け、「食べ物」も黄金になって、どうにもならなくなったミダース王の状況を自ら差し招いてしまったのである。そして、この場合、「飢える」のは王だけではない。
 

NHKスペシャル 『メルトダウンFile-4「放射能大量放出」』

 世界最悪レベルとなった東京電力福島第一発電所の事故から3年経過した。

「8.6 (μSv/h)、8.7、あっ、どんどん上がりますね。」

 人々の暮らしを奪った大量の放射性物質が、どのように放出されたのか、今も明らかになっていない。先月、取材班は、原発から5キロ離れた場所で、一つの手がかりを見つけた。地震の後、止まっていたと思われていたモニタリング・ポストだ。事故直後の詳細な放射線量のデータが3年もの間、気づかれることなく残っていた。データを解析すると、新たな事実が浮かび上がった。

 地震の翌日から始まった放射性物質の大量放出。新たなデータが示したのは、これまで考えられていたよりも早い時間帯に高濃度の放射性物質が放出されていた事実だ。

 何重もの壁に守られていた原発に思わぬ死角があったと専門家は指摘する。

 「今まで思っていなかったようなパスができた。」

 「恐らく、ベント操作なりで放射性物質が飛散した。」

 さらに放射性物質を封じ込める最も重要な機能がどのように失われたのか、その詳細も明らかになってきた。

 メルトダウンして溶け落ちた核燃料。その膨大な熱で、最後の砦、格納容器が破壊されていた可能性が浮かび上がった。

 400人越す関係者への徹底取材を元に当時の現場を映像化。
(再現ドラマ部省略)

吉田賢治(取材デスク)
 「原発事故から3年、福島県では今も、およそ十三万五千人もの人たちがふるさとを追われ避難生活を送っています。」

 「わたしが立っているこの場所も、日中の立ち入りはできても、暮らすことはできません。降り注いだ放射性物質の量が多かった地域は、復興に向けて動き出すことさえままなりません。まるで時間が止まったかのようです。多くの人々の暮らしを奪った放射性物質の大量放出。さまざまな事故調査が行われて来ましたが、実は今も、未解明の問題が数多くあり、検証は十分とは言えません。事故を振り返ってみます。」

 「震災の翌日、最も早く冷却機能が失われた一号機がメルトダウン。水素爆発を起こします。続いて二日後には三号機、三日後には二号機と、動いていた冷却装置が止まり、やはりメルトダウンしました。ここに放射性物質の放出量のグラフを重ねます。一号機と三号機の水素爆発の際に短いピークが見られます。しかし、最も多く継続的に放射性物質が放出したと見られるのは、爆発しなかった二号機です。二号機でいったい何が起きていたのか。謎で包まれていた大量放出の真相が明らかになってきました。」

 原子炉が次々とメルトダウンし、建屋が水素爆発した一号機と三号機。しかし、もっとも深刻だったのは爆発を起こさなかった二号機だった。

 格納容器から放射性物質を大量に放出した二号機。配管のつなぎ目や蓋の部分から漏れたと見られている。

 残された汚染のデータを解析した画像。二号機からの放出は3月14日から15日にかけて原発の北西部に高濃度の汚染をもたらした後、関東一円に広がった。

 先月、一、二号機の中央制御室にカメラが入った。事故当時、津波によってすべての電源が失われ、真っ暗になったこの部屋。運転員達が手探りで事故対応に当たった跡が残されていた。

 二号機の危機は、ベントと呼ばれる緊急時の操作ができなかったためと見られている。

 「ベント」は格納容器を守り、放射性物質の大量放出を防ぐ最後の手段だ。原子炉の中でメルトダウンが始まると、その熱で格納容器の圧力が急に高まり、一気に破壊される恐れがある。圧力を下げるため、内部の蒸気を抜くのがベント。水をくぐらせて放射性物質を取り除いた上で、放出する。しかし、何故か、二号機だけが、このベントが全くできない状況に陥った。

 証言を元に映像化する。

「RCIC(Reactor Core Isolation Cooling System)の運転状況の確認!」

 3月14日、二号機の中央制御室。地震発生から三日間動き続けていた非常用の冷却装置が停止。

 「二号機、中央制御室、原子炉水位はTAF(燃料上部)に達しました。」

 午後1時25分、二号機の原子炉では核燃料を冷やす為の水が急速に失われ、メルトダウンの危機が迫っていた。

 当時、事故対応の指揮をとっていたのは原子炉建屋から300メートル余り離れた免震重要棟。それまで免震棟は一号機と三号機の水素爆発の対応に追われていた。二号機からの大量放出を防ぐ為にベントの指示を出した。

 当時、現場で事故対応に当たっていた東京電力の元運転員

 「まずは、格納容器の保護ですかね。そこを第一に考えなければいけないので、健全性を失わない為にも、保護する為にもベントは必要でしたね。」

(再現ドラマ部分省略)

 二号機中央制御室では、すべての電源が失われていた。非常用の発電機を使いベントを試みていた。しかし、格納容器の圧力は下がらなかった。現場が疑ったのは、ベントの際に開けなくてはならないAO弁と呼ばれるバルブだった。バルブは、外から空気を送り込むことで開き、格納容器内部の圧力を抜く。空気が足りないのではないか。バルブへの空気供給を確認するため、復旧班が現場に向かった。バルブは原子炉建屋の中にある。総電源喪失の中、計器確認には、直接現場に行くしかない。建屋の入り口には二重の扉がある。復旧班は、内部の放射線量が不明のまま少しずつ進んだ。メルドダウンが迫る原子炉から、わずか10メートルの距離だった。ボンベは健全だった。

 ベントできていない。

 バルブ自体が故障していれば直ぐには直らない。ベントが出来ない間、原子炉の内部状態は悪化の一途を辿った。メルトダウンによる熱で格納容器の圧力が高まった。

 ベントの最後の手段があった。予備のバルブがあった。再度、建屋内部に向かったが、すでに線量が上がっていた。一瞬で数十ミリSvの高い放射線量だった。建屋は蒸気に包まれていた。建屋内部での作業は一切不可能になった。

 吉田所長のもとで一号機から四号機の事故対応を指揮した福良昌敏さんは、二号機のベント不能について現場から報告を受けていた。

 「早く、そのー、大弁なり小弁なりを開けなきゃいけない。という、やることは、決まっていましてんでね。あのー、やることは決まっていて、かつ、その、現場の方では、やるべきことをしてたわけですよ、実際に。ですから二号は人が近づけなくなっちゃったんですね。バルブ自体にね。」

 復旧班がバルブに近づけなくなったのはメルトダウンによって大量の放射性物質が出始めていた時間帯だ。しかし、この段階で、格納容器の圧力は、設計段階の限界を大幅に越えていないため、放射性物質が大量に放出することはないと考えられて来た。

 国会や政府などさまざまな事故調査でも、その原因は突き止められていない。

 原子炉のシミレーション、原発の設備に詳しい専門家とともに原因を探ることにした。

宮野廣(法政大学客員教授、原発メーカー元幹部)
「… がされないと、ここ、圧力容器から出てきた蒸気はこのタービンから外にでる可能性があると。」

 疑われたのはRCICと呼ばれる非常用冷却装置だ。電気がなくても、蒸気でタービンを回して水を送り込み原子炉を冷やす仕組みだった。タービンには原子炉から蒸気が直接流れ込むため、そこから漏れる可能性がある。しかし、タービンの軸部は円盤形の四重のパッキンで厳重に塞がれていた。

 RCICの軸から漏れることがあるのか。取材班が入手したRCICの詳細な図面をもとに実験を行った。

 まず、パッキンにかかる圧力を事故前と同じにした。蒸気は漏れない。事故当時と同じ圧力まで徐々に上げて行く。すると、大量の蒸気が吹き出した。

刑部真弘(東京海洋大学教授 流体工学)
「私が思っていたよりも、かなり多い値。放射性物質というのがかなり出て来た可能性はありますね。」

 RCICには死角があった。パッキンとパッキンの間には元々隙間が作ってあり、圧力が上がって蒸気が吹き出して来ても、ここ[パッキンが格納された密閉内部]から吸い出す仕組みになっていた。しかし、蒸気吸い出し装置は電動だった。

 こうした状態になるとRCICから一気に蒸気が漏れ出してしまう。

「一時間に50キロぐらい蒸気が流れてしまいます。」
「そんなに流れる?」
「蒸気が出ると、建屋の中は真っ白になっちゃう。蒸気の体積はすごい量ですから。だから、それが拡散していくのは結構速い。」

 事故対応に当たった元運転員もRCICから漏れているとは思いもよらなかったと言う。

「事故の当時は、そうですね、私はそこまで気が回らなかったですけれども、まっ、今見返せば、そこはリークする箇所の一つではあるなっていうのはありますね。」

 ベントを阻んだ要因として、新たに浮かび上がって来たのは、皮肉にも、二号機を冷却し続けてきた安全装置からの漏洩だった。

 建屋内の作業が出来ないまま事態は最悪の局面に近づいていた。高まる圧力に格納容器が耐えられなくなっていた。当時の免震棟でのやり取りを記録した内部資料がある。

 核燃料のメルトダウンが進み、格納容器内部の放射線量が上昇していく状況が克明に記されている。二号機の冷却が止まり、危機に陥ってから、およそ11時間。

 格納容器からの放出が現実味を帯びていた。

 午前8時45分

 再現ドラマのセリフ
「二号機原子炉建屋から白い湯気が出ていることを確認!」
「放射線量に変化は?」
「現在、正門付近で、11,930μシーベルト。」

 今回の事故で、最大の放射線量が原発敷地内で観測された。

 二号機から白い蒸気が上がる様子を捉えた写真。最後の砦、格納容器が破られ、大量の放射性物質が放出された瞬間だった。

 今も人々の帰還を阻む高濃度の放射能汚染(SPEEDIによる放射性物資拡散シミレーション画像が映る)。

 格納容器に放射性物質を封じ込めることがいかに困難か、二号機が突きつけた重い現実だ。

「調査で手がかりが得られているのは一号機です。ベントが成功しましたが、真っ先に冷却機能を失って一気にメルトダウンし、格納容器が壊れて放射性物質が放出されました。最新の調査結果を専門家と解析すると、格納容器の意外な弱点が浮かび上がって来ました。」

 格納容器はどこが壊れたのか。具体的な場所を探る調査が始まっている。まず、調べるのは、最初にメルトダウンした一号機。遠隔ボートを用いる。ボートを汚染水の溜まる格納容器の直ぐ外側に投入し、搭載カメラで格納容器の損傷箇所を探る。

 カメラが捉えたのは格納容器周辺から漏れ出す汚染水だった。この奥のどこかに損傷箇所がある。映像を見た専門家は流れ出す汚染水の量から、格納容器が予想より深刻な状態にあるのではと指摘する。

[格納容器下部、サプレッション・チェンバー(SC)排気管とベント管の下にあるベント管スリーブからSC側に、A、 B、C、Dと四カ所がマークされる図が示される。B、C、DはSCの外部曲面に接している。スリーブ本体は、格納容器下部の曲面に接し、さらに容器との接触面にサンド・クッションがあり、そこから、サンド・クッション・ドレイン管がSCの方へ下っている。]

 汚染水が漏れていた場所を辿ると、コンクリートに覆われた格納容器の下の部分に行き着く。そこは壊れにくいと考えられていた。

 専門家と共にさらに詳細な分析を行った。損傷が疑われる場所は今、直接確かめられない。入手した格納容器の図面と、メルトダウンのシミレーション結果を元に分析する。

 原発の事故原因の専門家、内藤正則(エネルギー総合工学研究所)さん、核燃料のメルトダウンがどのように進んで行ったのか、データを元に探って来た。

 「口が開いている部分がある、一カ所ね。こっから、こう出て来ている。それで、我々の計算だとね、この溶けたものは、[格納容器の内側の]壁にはくっついていないの。」

 シミレーションでは、メルトダウンした核燃料は、原子炉の下のコンクリート部分に噴き出す。溢れ出した核燃料は、格納容器の壁に向かって流れて行く。しかし、壁からおよそ1メートルの所で止まった。

 直接触れていないにもかかわらず、壁が破壊されることはあるのか。

「これ、2000度を越えるような高い温度ですから、ドライ・ウェルの壁はですね、輻射熱で温度が上がる。その時に、このドライ・ウェルが構造的に保つかどうか。」

 鋼鉄製の格納容器の厚さは、24ミリ。その周りを覆うコンクリートの形やデータも踏まえて、核燃料から出る熱の影響を探る。2000度を越す熱で、格納容器の壁は600度近くまで上昇し、赤で示した格納容器の金属部分が外側に向かって膨張する。外側のコンクリート部分には一部材質の異なる場所があり、継ぎ目の部分に大きな力がかかる。そこが耐えきれず破壊されると言う結果が出た。

 これまで、漏れやすいのは配管の繋ぎ目や蓋の部分だと見られてきた。今回の結果は、核燃料が壁に直接、触れなくても、その熱によって破壊されると言う[*格納容器周辺の]あらたな弱点を示した。

 事故の当事者である東京電力はこの結果をどう受け止めるのか。

姉川尚史(東京電力常務)
「溶融炉心が、その、外の容器に出れば、いろんなところに歪みを生じさせ、その結果としてリーク・タイトできなくなる可能性があります、みたいな。それは、その通りであると思います。少なくとも福島で大きな漏洩が起こった所は手立てをする。それ以外についても、高温の溶融燃料が落ちてきたことによって、劣化して来た所に目配りして、それをどうやって防ぐかという考え、かなり高温に耐えるような材料を持ち込んでカバーをするとか、やれることはまだまだあると思っていますので、まあ、そういう対策をするんじゃないのかなと思っています。」

 水素爆発を起こした三号機。そして、最も大量の放射性物質を放出した二号機の格納容器の調査はこれからだ。

吉田賢治(取材デスク)
 原発の北西、5キロあまり、福島県双葉町、上羽鳥に来ている。周辺に放射線量の高い場所があるため、立ち入りが厳しく制限されている。防護服を着用する。原発の外でも、放射性物質の放出を知るための手がかりを見つけた。この場所のモニタリング・ポストのデータは三年の間眠っていた。

 一号機の水素爆発以前に、かなりの程度の放出があるのが分かる。それは、一号機のベントのタイミングと重なる。

 20秒毎の放射線量が地震発生から三日間にわたり記録されていた。データ解析により、深刻な放射能汚染の実態が浮かび上がった。

 地震発生から丸一日が経った3月12日、午後2時40分、急激に上昇した放射線量のピークがある。毎時、およそ、4.6ミリSv。一般の一年間の許容量を、わずか15分で越える高い線量だ。

 この線量が観測された頃、福島第一原発で何が起きていたのか。

 午後2時1分、排気塔から出る白い煙。格納容器の圧力を抜く、一号機のベントだ。その後、原発の敷地内でも放射線量が上昇していた。

元作業員の証言
「やっぱり、異常に高い値だっていうのは覚えていますね。もう、振り切れちゃっている所もあればって、指示器がですね。外の状況が、もう、どれだけ酷いものなのかなっていうのは推測はできましたね。」

 事故による放射性物質の広がりを研究して来た茅野正道(日本原子力開発機構)さん。

 ベントが行われた午後2時に放射性物質が放出された場合、どのように汚染が広がるか計算した。そのシミレーションの結果です[福島第一の南から、東に旋回して俯瞰するSPEEDIによるダイナミック3D詳細映像が3秒ほど流れるが、すぐに平面図に切り替わる]。放出された放射性物質は、北西に向かって移動し、上羽鳥を通過。午後2時40分の放射線量は、上羽鳥で観測されたデータと一致した。

 「今回も14時のベント開始から、すぐに放出が開始、放出がされているということが分かって来る訳で、セシウムとか、そういった、まあ、粒子状の物質ですね、それがどれ位の割合かは分からないのですけれども、そう言ったものが出ていると言うのは確かです。」

 しかし、一号機のベントの前、東京電力は、放射性物質の放出は問題ないレベルだと説明していた。

小森明生(東京電力常務[当時])
「原子炉の下に水がありまして、そこを通して、ベントをすると。放射性物質が、まあ、仮にあったとしても、かなり低いレベルで耐えられるという手順を、まずは、取っていきたい。」

 ドーナツ型をした格納容器の下の部分には、ベントの際、放射性物質の放出を抑える機能が備えられている。「サプチャン」と呼ばれる圧力抑制室だ。溜められた水がフィルターの役割を果たす圧力を抜く際、蒸気を水に潜らせることで、放射性物質の量を0.1パーセント、千分の一にまで減らすことができるとされてきた。

 なぜ、ベントにより高濃度の放射性物質が放出されたのか。

 専門家と共にイタリアの巨大実験施設を訪ねた。

 まずは、サプチャンがどのような仕組みで放射性物質の放出を0.1パーセントにまで抑えるのか実験で確かめる。

 サプチャンに見立てた高さ3メートルの水槽。上から伸びる配管で蒸気を送り込む。

マルコ・リコッティ(ミラノ工科大学教授)
「こうした実験は、原発の安全性を考えるうえで非常に重要です。」

 サプチャンの水温は低く保たれ、その場合、格納容器から送られる高温の蒸気は、すぐに泡と消える。蒸気は冷やされると一瞬で熱を奪われ、水に変わる。そのため、泡が消えたように見える。水に変わる瞬間、蒸気の中にあった放射性物質は、水の中に捉えられる。

 しかし、事故当時、一号機のサプチャンでは異常事態が発生していたのではないかと専門家は指摘する。

内藤正則(エネルギー総合工学研究所)
「上の部分は温度が上がって、下の部分は上がらないという温度成層化が現れるでしょう。サプレッション・プールの温度は、かなり上がっていたと考えられます。」

 事故の際、サプチャンには格納容器とは別のラインから、既に高温の蒸気が流れ込んでいたと見られる。その結果、温度成層化という現象が起き、水の上の層が沸騰状態となっていた可能性が高いと言う。

 成層化が起こるとサプチャンが放射性物質を取り除く効果に、どのような変化が起こるのか。水を沸騰させ、先ほどと同じ量の蒸気を吹き込む。様相が一変し、蒸気は大量の泡となって、そのまま水面まで上昇して行く。蒸気の中に含まれる放射性物資も水に取り込まれることなく、一緒に放出される。

 解析の結果、水温が低い場合は、放射性物質の放出の度合いを、0.1パーセントにまで減らせていたものが、沸騰すると、およそ50パーセント、半分も放出されてしまう。

 今回の事故は、大量放出を防ぐ、最後の切り札とされてきたベントを検証する必要性を突きつけた。

 事故の教訓は活かされているか。福島と同じタイプの原発を持つ電力6社にアンケートを行った。東京電力など3社は、新たに設置するフィルター付きベント装置で対応する。残る3社も新たな装置を取り付けるとしているが、詳しい性能については検討中、または回答を控えるとする。

 しかし、今回明らかになった放射線量はサプチャンの水温上昇だけでは説明しきれない可能性もあると専門家は指摘する。

内田俊介(エネルギー総合工学研究所特別研究員)
「あれほど汚い、いろんなものが実際には入っている水、こういう状態を想定して、こういう挙動を考えていたのだろうかということだ。」

 メルトダウンした原子炉ではさまざまな化学物質が発生する。その種類や量によっても放射性物質の放出に違いがでるのではないか。事故の検証は十分なのか。

 原子力規制委員会に問うた。

更田豊志(原子力規制委員会委員)
「安全を考える上で一番怖いのは、見落としがあること、欠けがあることで、但し、どうしても欠けは、必ず在って、想定にしても、十全になるように、えー、できるだけの努力は、した積もりです。しかしながら、そこで終わりではなくて、継続的な改善、それから、欠けを除く努力と言うのは、常に、えー、続けていかなければならない。」

吉田賢治(取材デスク)
放射性物質の大量放出は、さまざまな弱点を突き、事前の予想や対策を越える形で起きていた。放射性物質の封じ込めが、いかに難しいか、事故が起きて初めて分かることが、いかにたくさんあるかを示した。さらに、未だに解明されていない問題が多く残されているのも事実だ。事故の後、原子力施設の新しい規制基準が作られ、今、全国の48の原発のうち、17の原発が原子力規制委員の安全審査を受けている。福島第一原発のような事故を二度と起こしてはならない。そのために、多くの課題を置き去りにしたまま、検証を止めることが決してあってはならない。事故の教訓が、本当の意味で踏まえられているのか、これほどの影響を及ぼした事故の検証が、まだ、道半ばであることを忘れず、問い続けることが求められている。