テーマ:八王子

八王子―城山―津久井―丹沢

 土曜の朝、用事に向かい、通る公園では、ザラメっぽい湿雪が枯れ枝、常緑樹の葉に当って軽やかな音を立てている。公園は丘陵の尾根道路に続く緑地で、本年初のスノー・コスメは当てつけるように山道を思わせるが、当然、お山はナシ。丹沢ネーサンも相当量積もるね。帰ってスーパーの用事ついでに頼まれた「ガリガリくん」を買って、「そうだな凍結路だよなー」な…
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滝ノ沢初秋DH

I see only what I wanna see I'll be only what I wanna be My blanket covers me, yes  陣馬高原まで自宅からランしたこともあり滝ノ沢へバイクでいくなんて楽勝だ。今日は丹沢ネーサンの方面でなく、余裕で街道をマッタリと進むョ。 …
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TKS-FR角礫ダート&ミニ沢登り ―新緑の中の水響(みなび)き

 「ここだ、この音なんだよ。」(泉鏡花『陽炎座』冒頭)どこだ、どこだ、何の音なんだョー。  八王子恩方、深沢山裏の林道、滝ノ沢線(Takinosawa Forest Road, TKS-FR)は、今日、意外にも、水の音に包まれている。小さな沢々から、水の滴る音、水の豊よむ音、さざめく音が重なりあっているんだョ。気持ちいいね。 …
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小津みち

 火星の赤目が出ている。空の低い位置から黄色い満月が冬梢の透き身の中を動いて林冠に接する。月が何やら枯れた酒ばやしの様に見えた。まだ一月の末だが、日が長くなった。日没後の冷えも少しは和らいだが、たまたまか。  北浅川沿いの白梅は、ほころんでいた。上恩方の蕾は固い。少し水量が落ちている川の川石は縁が白く凍結している。元八王子の梶原八幡を…
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相原七国峠アイドリング

 面妖だが、付けた感じはとてもイイ。MTB用のシューズ・カバー。足首が膨らんでいるのは、アンクルガードを付けているから(過去に痛い経験あり)。一寸見、西洋中世のトンガリ靴のようで滑稽だ。さらに自転車用のロングタイツを合わせると相当怪しい。この姿でコンビニ入りは躊躇いを覚える。だが、足の冷えは痛い。  町田街道で…
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ツマンネーなバイクに乗らんと

 昨日のライドのザック内の用品などを整理して、MTBを掃除し、チェーンの駒にオイルを差し、行くかと思ったが、また奥多摩方面迄足を伸ばしそうになるのでコントロール。そして3時間走にチェンジ。ホイールでなく自分の脚で移動。  小山内裏公園、小山田端、相原、御殿峠、絹の道・大塚山道了堂などアップダウンのあるポイントをピック・アップ。道了堂は…
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山で峠、自走ルートでも峠

 多摩地域はどうも道路が難しい。丘陵地域の地形のせいで、南北を繋ぐ大きな道が少なく、大概、東西を走る道路が南北に重なる。道普請で南北を穿つのは難しいのでモノレールになったということだろう。  昭和の初期のその昔、武蔵中央電鉄は大宮と八王子を軌道で結ぶ壮大な構想をもったが、成らなかった。また、多摩NTの鉄道敷設には、京王、小田急の他に西…
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滝ノ沢線角礫DH

 あの薄の丘の向こうへ。そこは、御殿峠。高尾へ向かう。旧宇津貫地区を通って...  そして栃谷戸公園から五日市の山を眺め、休憩。いや、大岳がよく見える。八王子側からの愛称はキューピー山。  多摩御陵の脇の坂を上がる。御陵の背の高い擁壁を職人さんが手入れしていた。コンクリの間に植え込みが重なり、ハイドランジアで…
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龍泉禅寺―黒茶屋

 ご存知、醍醐から戸倉への入山峠越え盆堀林道ルート。醍醐からのアプローチの方が長い下りを楽しめる。ガードレールの白が上のほうにチラチラとしばらくキツいが、トンネルを通過してしまえば雰囲気のある冷涼な杉木立、盆堀川の水はきれい。峠に出る前に冷たい水場が二カ所。採石場の道はダンプに気をつけて。茶房糸屋では白玉ぜんざいもあり、五日市街道では、…
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川原宿交差点 ―気合と休息のトポス

 5月の連休で津久井・宮が瀬方面集中ライドをした時に立ち寄って気がついたが、恩方の川原宿交差点の角のコンビニ○Mが、閉店し、しばらくして弁当屋になった。コンビニは美山方面へ少し北上したところに○ブンが出来た。  遠乗りして来たローディーが店の消滅にプチ当惑の様子だった。和田峠まで補給ポイントがないわけではない。ただ、自販機や相当に古典…
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川・絹・橋 ―彦七の架橋

 秋川街道が浅川を渡る橋が、「萩原橋」である。そのたもとに1907年に建てられた架橋碑がある。萩原彦七は、八王子に製糸工場を起した津久井生まれの実業人で、工場は大きなものに成長するも、製糸業の大恐慌で途中事業が傾き、工場は片倉に受け継がれることになった。馬車で自宅から工場や横浜に赴き、外国人と商売をおこなったほど、富貴の時もあった。彦七…
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杉の綾紋 ー小下沢・深沢

 林道小下沢線に行き、緩いDHのあと、ようやく八王子城にアクセスし、城山線にも分け入った。  城の管理事務所までのゆるーい坂周辺は、お寺や、石材店があり、静けさの中にあり、いい場所だと思った。  なんだ、これならばランニングでもっと早く訪ねてもよかったな。  管理域内も失礼してMTBで入らせてもらったが、深沢は全体が墓所と感じたの…
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小津町

 恩方のすぐ上に小津町という場所がある。下原鍛冶で有名な辺名から小津川沿いにモリアオガエルの道という別名のついた小津道が入山峠の近くまでのびている。  ここは結構、秘境だ。何度かランニングで訪れた、また、MTBで小津坂に汗を流し、高みから八王子城の山、そして、その麓を流れる北浅川のマス釣り場を眺望し、力石へ下った。  秘境は、この坂…
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大石源三氏照(おおいしげんぞう・うじてる)― その6

― 青年氏照、「北条商会」の一員として  氏照が、信玄の滝山城攻めにより、激しい戦闘を経験するのは、永禄十二年九月、氏照28、9歳の時である。戦国の世で、その年代はすでに武将として一人前であるのは当然だろう。24歳辺り(永禄六年)で滝山城主となるが、その前に大石氏から引き継いだ地盤を基に、青梅の三田氏を倒す必要があった。青梅掌握を経て…
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大石源三氏照(おおいしげんぞう・うじてる)― その5

 氏照の父、氏康は、最初の妻との間に夭折する新九郎(しんくろう)と長女(早川殿)を設ける。後妻である今川氏親(いまがわ・うじちか)の娘、瑞渓院(ずいけいいん)との間に多くの息子、娘があった。息子達は、以下の様。次男、氏政、1538年生まれ。第4代北条家当主。三男、氏照、1540年生まれ(41年説あり)。四男、氏邦、1541年生まれ。氏康…
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大石源三氏照(おおいしげんぞう・うじてる)― その4

 氏照が、大石定久の養子になるのは、天文十五年(1546)、実父の氏康が河越夜戦(かわごえよいくさ)で扇谷(おうぎがやつ)上杉朝定を破った直後である。大石信重(のぶしげ)、憲重(のりしげ)、憲儀(のりよし)と関東管領上杉氏に仕え、武蔵守護代を務めてきたわけで、上杉氏の敗退は、すなわち、大石氏にとってその土台を失うことに等しい。大石氏は戦…
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大石源三氏照(おおいしげんぞう・うじてる)― その3「源」

 氏照は、氏康(うじやす)の三男で、天正9年(1540)あたりに小田原城にて出生している。上に新九郎、氏政(うじまさ)がいるが、新九郎は、早逝した。北条家の領国拡大戦略の一つに、息子達の婿養子入れによる家督の引き継ぎがある。氏康の息子らも関東の諸地域の有力氏族の婿養子となった。氏照もその例外ではない。  氏照には、「北条源三氏照」、「…
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大石源三氏照 ―その2 八王子城

 八王子城のあった深沢山(現、城山)は、標高445m、堂所山、景信山へ連なる北高尾山稜の東の端にある。城の比高は240mあまり、縄張りは東西2キロ、南北1キロに及ぶ自然地形を巧みに利用した山城である。山頂の本丸、それを取り囲む褶曲地形をさらに曲輪で防御する要害地区、山腹に置かれた行政・居館地区である御主殿、そして、麓にある根子屋地区の三…
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メンテナンスは日中に…

 ある日、八王子駅から秋川街道方面へツーリングへ出かけた。その日は、何故か御殿峠や野猿峠を経ずに、平山から豊田、大和田町というルートで八王子に入った。  秋川街道は,八王子中心から五日市へ抜けるが、しばらく古い商店の名残が見られる。ランニングでこのルートも考えたことはあったが、五日市までは少し遠いということで敢行はしなかった。  街…
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大石源三氏照(おおいしげんぞう・うじてる)―その1

 タイトルの名は、後北条(條)家、北条氏康(ほうじょううじやす)の三男、氏照(うじてる)の別名である。地元では戦国時代末期の八王子城主として有名だ。  大石氏は、簡略に言うと鎌倉幕府崩壊後の関東の混乱を切り抜け、南多摩地域を広く治めた武蔵守護代の氏族である。その大石氏の十三代領主大石定久(おおいしさだひさ)が氏照の養父である。台頭する…
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多摩、タマ、たまたま住んでいる

 京王相模原線が終点橋本駅まで延伸したのは1990年のことであり、もう、およそ20年前だ。その頃は23区内に住んでいて、新聞やニュースで延伸を知ったことが微かに記憶に残る。  大体、学童期に、東京の西に行ったのは、読売ランドまでが限界で、それも60年代のことである。相模原線のよみうりランド駅は1971年にできたので、確かに、小田急線を…
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北高尾山稜ルート3

 「黒ドッケ」(写真はすべてGoogleMapより)ここは、ピークの一つで、林間が透けていて、光が多い。こういった杉木立の山道。  ここも、山稜の小ピーク。広葉樹の雑木も見える。向こう側は、斜面になっている。尾根の上部を巻く様な感じの道で暗い。この写真の感じをもっと暗くした感じがルートの大部分を占める。「マムシ草」に似た、でも…
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林道を「繋ぐ」トレイル ―滝ノ沢林道の奥の魔

 そこは、乗車率ほぼゼロ・パーセントの「ハーフ・トラック」だった。ルートを間違えたのかもしれない。しかし、あるHPのトレイル・ライドの描写から、たぶん、同じルートのような気がする。山行するにしても悪路といってよい。ランニングでも避けるような道だ。道と言えれば。  場所は、下恩方の松竹橋から入る滝ノ沢林道の奥だ。この林道自体はピストンで…
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天然素材・容器・看板・出前

 かつて、街の酒屋はその他の食料品も扱い、樽置きの味噌も売っていた。お使いに行かされ、味噌を買うと店の親父は、少し離れたところから味噌を掬う篦(へら)を味噌山に投げ刺した。篦がスパッと止まる技に見とれた。古くからの商店街では、こういった個人業がまだ続いている。都会の商店街の酒屋だから、さすがに酒林(酒杉)は吊るしてはない。酒杉と言えば、…
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栃谷戸公園からのパノラマ ―古代の風景

 御殿峠を途中まで下り八王子南野へ左折して、新しい街を見やり、坂を登るといきなり視界が開け、その風景が現れた。丹沢、五日市、奥多摩の山の連なりがドカンと居る。もっとも、突然に現れたのは自分の方に他ならない。風景は、太古の昔からそこにあり続けているからだ。風景は、気前よく出迎えてくれ、奥ゆかしさと寛大さをケチることなく振る舞っている。己の…
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滝山街道 ― 色有田の峯

 滝山方面は、高速とインターと脇道が錯綜し、車の交通量が繁くあまり足が向かなかった。だけれども、滝山公園の辺りには、稜線がうねる蛇の様な峯(を)の連なりがある。高さは丘とも山とも言えないので仕方なく峯とした。丘陵と言ってもいいのだが、自然地理ぽくってどうにもしっくり来ない。八王子には、この類いの里山は多数あるが、個人的に南大沢の丘、宝生…
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二つの川原宿

 八王子には,川原宿が二つある。一つは甲州街道の京王線の鉄橋あたりで、その名のバス停もある。これは「かわらのやど」と言っている。よく調べ上げた訳ではないが、江戸期に志が篤い一人が川の氾濫を治水工事により防ぎ、付近が栄えたという。もう一つは陣馬街道が、上恩方へ入る自転車乗りにはレスト・ポイントとして重宝する場所だ。こちらは「かわらじゅく」…
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由木の赤門

 もう大分走れるようになったので、自転車の後に軽くジョグに出た。久しぶりに永林禅寺へ向かった。平山城址へ抜ける都道をトンネルの前で左折し、沢沿いの小道を行けば寺に着く。ここいら辺の沢は、薬科大の林あたりから出ているのだろうか。途中、畠には、掘り返された土にすでにエンドウが作付けしてあった。そうだ、あと2月ほどで、エンドウの花が咲く。5月…
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吊り尾根

 醍醐川は北浅川の支流で林道醍醐線のとば口あたりまで道に沿っている。林道は、さらにニニク沢線、三ッ沢線という枝をもつが、これらは共にピストン林道であり完抜していない。前者の枝は「ニタッコロバシ」沢とも言うらしいが、「ニニク」や「ニタッ」が何をさすのか不明である。醍醐線は700メートルほどの要倉山を巻くようにうねり和田峠まで繋ぐ。峠に出る…
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和田峠~案下の冷却坂

 もうだいぶ前の師走に、高尾―陣馬縦走トレイル・ランで、陣馬山から和田峠、そこから高原下まで走り降りたことを思い出した。尾根筋で格闘している間は汗もかいていたが、峠からの蛇行路下りは冷気に包まれ、心拍数は上がっているのに体が冷やされ、帰路のバスでは寒気を感じた。  多摩NTから自走で、林道醍醐線を抜け(クライム)し、和田峠を下り、陣馬…
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