大暑

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 明日は大暑ですが、今週は梅雨明けですか? 低温・日照不足でいきなり30℃越えの熱暑では体が揺さぶられます。夏風邪引いて、鼻ズルズル。
 夏日の凌霄花は、地方の場末のスナックのどぎつい看板のようでたまりませんな〜、暑苦しくて。でも、目に涼しい翡翠蔓は、ありゃ、熱帯の産ですぜ。

「なぜ毎日エベレストに登るのか?」辺見庸 幻視と脳乱の日録

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713日 迎え火

 辺見庸は、2013831日の講演以前からずっと「エベレスト」登っていた。その講演タイトルは「死刑と新しいファシズム」だった。2011.311から2年あまり、いやいまでもそうですが、世の中はザリザリした感触が顕著だったと思います。

 私は、多忙でその講演には行けずに、本を贖った。あれから、もう6年も過ぎたのか...

 辺見のブログは、窒息しかけた、折り合いのつかない鬱屈する潜水の毎日に空気を送ってくれていた気がします。

「死刑と新しいファシズム」2013831日四谷区民ホールにて講演

「皆さんはいかがですか、最近、ときどき、鳥肌が立つようなことはないでしょうか?総毛立つということがないでしょうか。いま、歴史がガラガラと音を立てて崩れていると感じることがないでしょうか。僕は鳥肌が立ちます。このところ毎日が、毎日の時々刻々、一刻一刻が、「歴史的な瞬間」だと感じることがあります。かつてはありえなかった、ありえようもなかったことが、いま、普通の風景として、われわれの眼前に立ち上がってきている。ごく普通にすーっと、そら恐ろしい歴史的風景が立ちあらわれる。しかし、日常の風景には切れ目や境目がない。何気なく歴史が流砂のように移りかわり転換して行く。だが、大変なことが立ち上がっているという実感をわれわれはもたず、もたされていない。つまり、「よく注意しなさい!これは歴史的瞬間ですよ」と叫ぶ人間がどこにもいないか、いてもごくごく少ない。しかし、思えば、毎日の一刻一刻が歴史的な瞬間ではありませんか。東京電力福島原発の汚染水拡大はいま現在も世界史的瞬間を刻んでいます。しかし、われわれは未曾有の歴史的な瞬間に見合う日常を送ってはいません。未曾有の歴史的な瞬間に見合う内省をしてません。三・一一は私がそのときに予感した通り、深刻に、痛烈に反省されはしなかった。人の世のありようを根本から考え直してみるきっかけにはなりえていない。生きるに値する、存在するに値する社会とはなにかについて、立ち止まって考えをめぐらす契機にはかならずしもなりえていない。私たちはもう痛さを忘れている。歴史の流砂の上で、それと知らず、人々は浮かれ始めている。」『いま語りえぬことのために』毎日新聞社、2013年、79-80.

スプロケット

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 スプロケットは、古典的な9速です。10、11速ではパーツ間のクリアランスが厳しく、ギヤ板も若干薄刃にならざるを得ません。これはXTですので、一体型です。前のXTRは使い倒しました。シフターはブレーキ一、ー体型のデュアル・コントロールで骨董品です(笑)。

チャリ写真

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 あーあ、ここんところ「酒の肴」にもなりゃしないチャリ。せめても林道ツーリングくらいでもですけれども、連日の雨で崩落が気になるし、ましてや、こんなん担いで山登りなんてとんでもねー、寄る年波には勝てないー。

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曇天・雨天続く

 おととい17日の晴れ間は貴重でした。晴れればなんでもない木漏れ日さえ、愛おしい。竹やぶの上にヘリ。ネムノキの花もそろそろ仕舞い。木の幹に、アオゲラが流れるように滑り登ります。クヌギの葉っぱ、照葉樹。これでは稲作に影響出るでしょう。この天気なのでそうめん食べてないです。

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大暑前

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 久しぶりに日が差した。

 「なぜ毎日エベレストにのぼるのか? ー幻視と脳乱の日録」(辺見庸)と「山の突然死」太田祥子 心臓死・チョモランマ「よくばり完全主義」(ヤマケイ文庫、柏澄子)を二つ並べて読む。悪くない。少なくとも、コーヒーを待ちながら、くそ垂れつつの朝刊読みよりも万倍も創造的だ。

言葉を掘る

 言葉を掘るとはどういうことか、掘るから探すのだろう。だけれども、きょうび、言葉はたやすく屠られていると感じる。やっと、夏日の陽光に羽根で飛んできた、この髪切り虫の赤は、素晴らしいと目に映る。二日前、育てている植物の中にいたが、機材を構えるともういなかった。

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⭐︎

「簡単に存在というものを消す。黒塗りにしてしまう。過去も消す。いったい、人間と人間のシステムっていうのは何なんだというふうに、わたくしは思うわけです。... わたくしの目の前にあるのは結果だけ、なわけです。現象だけ、なわけです。本質が、ない。僕らが、言うに言えない、今の世の中に感じている、すさみ、実は、われわれは、自由を求めてないんじゃないか。不自由を欲しがっているんじゃないか。」『いま語りえぬことのために』を勝手に告知CM YouTubeより。

 その本を、注文しなくちゃと思ったけれども、すでに買っていた。そろそろ認知差しかもな。まあ、それもいいさ。言葉にするってーのは、簡単にはできないが、それをやることが大事なわけだな。

 都築響一『夜露死苦 現代詩』第1章 痴呆系、あるいは胡桃の城の山頭火 

 「あんた、ちよっときてごらん。あんな娘のアゲハ蝶が飛びながらどんどん燃えているじゃないか...」こいつは、意味不明の独語でもなんでもない、せん妄すらさえでさえもない。

馬のなかの夜と港 辺見庸(4)

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 順序大違いですが、ここが、始まりの部分です。

「黒い巨大な馬が一頭、まなかいをよぎって消えた。うらうらと日の照りわたる休日の昼下がりに。馬の幻影は毎度のことだから、べつにおどろかず、こだわらない。蒸れた藁と泥んこと馬の汗の、消えのこるにおいが、何十年も鼻孔にはある。

 都心に出たら、人もビルも半透明の柔らかな暈でもかかったように円やかに清潔にみえた。都市という怪獣に身がまえる気組み(わたしの癖)が徐々に失せる。」

「馬のなかの夜と港」辺見庸(3)

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「馬の横顔はいまや眼下にあった。鰓がまるで汀線のように長大で、その曲線は優雅に、いや、おごそかにさえみえた。馬は歯ぐきをむきだし、苦悶のためか、口とおとがいが大きくずれている。しけった藁と、馬糞、いがらっぽい汗のにおい... 剣呑なかけ声 ... それらの混合がその時、世界中のすべてをつつんだ。幼児のわたしはそう思ったものだ。そして、轡をこれでもかこれでもかとひっぱる馬の横顔、筋ばった首.......。かれは、まだ若かっただろうに、ずいぶんと老けてみえた。全力で世界と戦っていた。ほれっ、ほうほう......。

 その風景のなかにつつまれる、わたし自身をもふくむ、すべての存在物(の実在性)をわたしはまったく疑わなかった。風景には風景をソフトにみせる皮膜やフィルターがなかった。意識するまでもなく、そこに「存在の不確かさ」なんかなかったのだ。在るものは、ありていに在った。人だかりができていた。だれもがみすぼらしい服を着ていた。だれも撮影するものはなく、だれもスマートフォンなどもってはいなかった。

 いらだつ馬方はときどき、いとけない目をした。かれは泥だらけのゴム長の足で思いきり馬の首を蹴った。ドスッと鈍い音がした。バカ、起て!
半べそをかきながら、なんども蹴った。馬は聖者のような目をみひらいたままビクともうごかなかった。たぶん、その場のだれも、ひどいことをするとは思わなかったろう。やめなさいと忠告する見物人もいなかった。わたしはうちたおれた馬と若い馬方のいる景色の、善し悪しではなく、聖性さえはらむ生と死の気配に打たれた。

 老馬は葡萄色の舌を垂らし、あえぎながら口からもわもわと青白い霧を吐いた。馬方の顔は哲人のようにも嗜虐者のようにもみえた。潮の香りがうすくただよっていた。その風景に立ち会えたわたしはじつに幸運であった。乱暴な仕儀にも強烈な愛に似た感情の点滅があると感じることができたのだから。倒れた老馬を基底にしたシーンはなによりも、疑いようのない原質そのものであった。遠くに漁船の汽笛が聞こえた。

 それらの声と音とにおいは、おそらく、死にゆく馬のなかの夜と港からただよっていたのだ。」


「馬のなかの夜と港」辺見庸(2)

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「自動ドアがひらく。視線をむける。爆発的な光の束が斜めに侵襲してきたので、すぐに目を瞑る。直前、光を背負った影を見た気がする。一刹那、血まみれの子どもを抱いた母親が飛びこんできたのではないかと錯視し、ただちにうち消す。

 ふといぶかる。その昔、ひとはなぜ老け顔をしていたのか。まだ十代、二十代なのにすっかり老成したかのごとくにふるまい、「存在の証明」についてしかつめらしく弁じたりしたのか。なぜそうできたか。逆に、いまはなにゆえにこんなにも若者が幼くみえるのか。ひとという実在はきょうび、なぜ、かほどに希薄なのか。携帯電話で動画を見ている人がつぶやく。「これ、なついよね」。なつかしいということらしい。音のかろみと乾きに、急に気疎くなり、身内に深々と古錆のような疲れが湧く。

 喉元が痒い。胸もとから、なにかがせりあがってきたり、すーっと引っこんだりしている。風景と声と息。脚の太い老いた黒馬がまたも目に浮かぶ。肥え桶かなにかの重い荷をひく馬が、疲労か病気のせいだろう、凍りかけた泥道でよろけている。ほれっ、ほれっ、ほうほう ... 目つきの鋭い馬方がかん高い声で叱咤し、容赦なく鞭をやる。ほれっ、ほれっ、ほうほう...黒馬は赤い血の筋を走らせた目をむきだし、黄色い歯の奥から真っ白の泡を吹いている。馬はやがてつんのめり、二、三度地を掻くように蹴ってからたち崩れ、どうと泥のなかに倒れる。その振動で大地が揺れ、空気がびりりとひきつった。」

夜雨

 夜になり、雨が落ちてきます。長い梅雨です。向こう一週間も曇天・雨。農作物の影響が心配されます。

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 夾竹桃は普通青空をバックにですが、まあ、これはこれで。

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雨を効果的に取るのは簡単ではないです。

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「馬のなかの夜と港」辺見庸

2019年4月21日(日曜日)日本経済新聞掲載。 一部を切り取る無意味をご容赦。

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「... カフェでは若い男女がノルウェージャンフォレストキャットという猫の食欲の減退について談じている。「生肉をあげてみたらどうかしらね...」。ナマニクの発音にどきりとする。隣のテーブルでは女性たち三人が全員、うつむいてスマートフォンをいじっている。ワインレッドやオーロラピンクの爪をつけた細い指たちが液晶画面をツルツルとすべる。

 静かだ。今、砲声はない。血のにおいも悲鳴も硝煙のたなびきもありはしない。だれもテロやその犠牲者の話なんかしてやしない。移民や難民や彼らとの付き合い方なんぞ話題にのぼってはいない。だいいちどこからも口論や諍いの声が聞こえない。

 やがて気づく。女といい男といい、客らの面差しの似たような綺麗さ、ある種の規格どおりの端正さに。声音と口ぶりの、まるで同じ音譜を謡うような共通の調子に感心し、少し戦く。が、顔や声とはかつてもっと各人各様の凹凸と輪郭があり、それぞれに尖ったり、凪いだり、時化たり、決壊したりするものではなかったのか。」


続く曇天

 続く雨天、曇天たまらんです。1993年の冷夏を思い出します、タイ米の味も。でも仕方がない。気合いはいりませんが、まったり撮るか。

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 湿度90パー、でも気温低めで助かります。

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 日光がないと緑陰も冴えないんだよ。しっかし、ウエッブリ・ブログ、画像のアップロードは素早いな。
これで、ブログのスキンが気が利いていれば、まあ許せるのだが。一発、頓服でも入れるか。

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 ふと、今日はパリ祭だと気付きましたが、そんな気分じゃないです。あと一週間で選挙。自公陣営は法律を守んねーパリサイ人かよ。

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 このブライダル施設も明日は稼働するみたいです。カラオケボックスにならんといいですな〜。

新宿駅西口地下広場

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 昨日は、夕刻には上がりましたが、だらだら降りました。ウェブリ・ブログの改悪修正のようにだら続くのでしょうか。
しっかし、一気に30度越えの日が挟まったら、体調におお揺さぶりでっせ〜。

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 この広場も坂倉準三の設計です。小糠雨... 7月内の梅雨明けは無理でしょうか。

新宿・日本橋・銀座

 新宿、日本橋、東京駅・銀座。もう、永久に雨かーい〜! 雨なりに撮るよ〜。

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 花よりも車輪に見えます。

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 ここの光線状況では解放度が高いと対象がすっ飛んでしまいます。F13まで絞ります。

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アナゴを食いに日本橋。中箱、柔らかい。

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東京駅、小さくなっちゃった。

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 新ビルがボコボコと建って、駅は商業施設に囲繞されて脇置かれている感じ。周囲のコンビニは、景観法で駐輪も禁止。

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 解放F1.4で、狐祭り。狐の嫁入り。

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 久しぶりに、車輪組みたくなったー。

カラー

 今年は、たくさん咲きそうなので、一本、切り花にしました。昨年は咲きませんでした。一度、ジベ処理しました。
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ペイズリー

 男女問わず、最近、ペイズリー柄が流行っているようです。ペイズリーといえば、イタリアのエトロ。高すぎます。😞

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小暑

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 走り続けていると、溜まった疲労に気がつかず、「濡れ布団」現象が起こり、ある日、ブレークダウンがやってきます。まあ、梅雨時のランニングは、涼しい時もあり、それなりに趣がありますが、やはり、カラッと晴れた盛夏のランニングが好きです。

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 その、疲労がたまっている時の、渋谷の駅はたまりませんなー。ビル建てたり、路線を寄せたり、歩道橋をぶった切ったり... 変貌した歩道橋を降りて、直進してしまい、ちょっとした道迷いで、引き返しました。ボーっとしていると、都心で迷子です。

 なんと、この再開発工事、2025年までかかるというのです。一体、どんだけ閉塞空間を強化するのでしょうか?

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 梅雨明けは、まだ、だいぶ先のようですね。

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オブジェ

 最寄りの駅にあるオブジェです。曇天、雨天が続くのでこんなものでも撮ってみました、ああー鬱陶しい。天候も、このオブジェも。

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カラー

 カラーが蕾をつけ始めました。しっかし、ブログの体裁、ダサすぎますね。早く直して欲しいです。

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文月

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 千日紅。これの花期が終われば、百日紅でしょうか。今週は曇天と雨天が続くようです。

内裏公園

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  ランニングコースの公園、今日は、徒歩で撮影に出かけました。機材は、EOS 5D Mark IVにOtusです。

 最寄りの駅は多摩境という駅ですが、どう贔屓目に見ようとしてもムナ~な空間です。町田の細長い「砂州」上にあり、八王子と相模原が挟み込む、まさに「堺」なのです。

 振興のロードサイド店舗オンリーの街からは、すぐそこに、江ノ島へ注ぐ境川が流れていることには気付き難いです。

 多摩ニューウタウン公社が塩漬けの土地を民間にぶちまけ、アパマンションを始め、軍艦マンションがボコボコ打ちたてられ、その結果、住民が急激に増え、コストコ、カインズ等の量販店と、大衆向けのファミレスが群れています。止めに、高齢者住居が、斎場周辺に固まっております。また、工場や、企業ビルが散在しているのも妙な特徴なんです。

 20年ほど前は、公園もそんなに整備されておらず、荒々しかった。雨が降れば、開発される前の空き地から、水が道路にあふれ出るのでした。

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