テーマ:言葉

代赭色

 「丸山(眞男)が『忠誠と反逆 -転形期日本の精神史的位相』の中での論文「歴史意識の『古層』であげていたニッポン人の歴史意識の古層を形成する特徴的なことばは、「つぎ」「なる」「いきほひ」の三つであった。...  丸山眞男の論が正しいかにあまりかんしんはない。ニッポンの昭和十年代の熱狂としか名状のしようのない、およそ論理的一貫性というも…
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吉田屋廓文章

 おお、いいねーね。廓文章。「くるわ」「くるぞ、くるぞ、手強いぞー、いけよ、いけよ、負けるなよー」  パラレルワールド。
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弾は出ないチャカ

辺見庸ブログより 「若き工藤さんが翻訳し、高橋和巳が解説を寄せたそれを、わたしは拳銃のようにもちあるいたものだ。」そんな強力な生ける言葉に飢え続けている。飢えている、岩場のように飢える。スラの森田勝を思い出した。
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「空白への旅」

 今から何年前なのか、そんな算用はどうでもいい。 <iframe width="560" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/rKpokMPhWX4" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; encrypted…
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「なぜ毎日エベレストに登るのか?」辺見庸 幻視と脳乱の日録

7月13日 迎え火 辺見庸は、2013年8月31日の講演以前からずっと「エベレスト」登っていた。その講演タイトルは「死刑と新しいファシズム」だった。2011.311から2年あまり、いやいまでもそうですが、世の中はザリザリした感触が顕著だったと思います。 私は、多忙でその講演には行けずに、本を贖った。あれから、もう6年も過ぎたのか... …
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大暑前

 久しぶりに日が差した。  「なぜ毎日エベレストにのぼるのか? ー幻視と脳乱の日録」(辺見庸)と「山の突然死」太田祥子 心臓死・チョモランマ「よくばり完全主義」(ヤマケイ文庫、柏澄子)を二つ並べて読む。悪くない。少なくとも、コーヒーを待ちながら、くそ垂れつつの朝刊読みよりも万倍も創造的だ。
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言葉を掘る

 言葉を掘るとはどういうことか、掘るから探すのだろう。だけれども、きょうび、言葉はたやすく屠られていると感じる。やっと、夏日の陽光に羽根で飛んできた、この髪切り虫の赤は、素晴らしいと目に映る。二日前、育てている植物の中にいたが、機材を構えるともういなかった。 ⭐︎「簡単に存在というものを消す。黒塗りにしてしまう。過去も消す。いった…
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馬のなかの夜と港 辺見庸(4)

 順序大違いですが、ここが、始まりの部分です。「黒い巨大な馬が一頭、まなかいをよぎって消えた。うらうらと日の照りわたる休日の昼下がりに。馬の幻影は毎度のことだから、べつにおどろかず、こだわらない。蒸れた藁と泥んこと馬の汗の、消えのこるにおいが、何十年も鼻孔にはある。 都心に出たら、人もビルも半透明の柔らかな暈でもかかったように円やかに清…
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「馬のなかの夜と港」辺見庸(3)

「馬の横顔はいまや眼下にあった。鰓がまるで汀線のように長大で、その曲線は優雅に、いや、おごそかにさえみえた。馬は歯ぐきをむきだし、苦悶のためか、口とおとがいが大きくずれている。しけった藁と、馬糞、いがらっぽい汗のにおい... 剣呑なかけ声 ... それらの混合がその時、世界中のすべてをつつんだ。幼児のわたしはそう思ったものだ。そして…
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「馬のなかの夜と港」辺見庸(2)

「自動ドアがひらく。視線をむける。爆発的な光の束が斜めに侵襲してきたので、すぐに目を瞑る。直前、光を背負った影を見た気がする。一刹那、血まみれの子どもを抱いた母親が飛びこんできたのではないかと錯視し、ただちにうち消す。  ふといぶかる。その昔、ひとはなぜ老け顔をしていたのか。まだ十代、二十代なのにすっかり老成したかのごとくにふるま…
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「馬のなかの夜と港」辺見庸

2019年4月21日(日曜日)日本経済新聞掲載。 一部を切り取る無意味をご容赦。 「... カフェでは若い男女がノルウェージャンフォレストキャットという猫の食欲の減退について談じている。「生肉をあげてみたらどうかしらね...」。ナマニクの発音にどきりとする。隣のテーブルでは女性たち三人が全員、うつむいてスマートフォンをいじ…
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至極単純

2005年 『生きるなんて』丸山健二 「戦争なんて」 「悲しみという情緒の先へ進まないことには、真っ当な答えは永久に出ません。 戦争を引き起こす最大の要因はおそろしく単純なものです。 国民が国家に安易に従ってしまうことによるものです。 原因はたったそれだけです。」
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家畜

 すべてのがん患者、生活困窮者、障害者、被差別者、そのような弱者の視点が、現在のニッポンの今、最も正確である(辺見庸)   白痴が総理大臣の意味は、俺らが、言葉を使わない家畜だからさ。だから、インスタ蝿が流行るのよ。おりこーだわ。 映えて、おまいの所得が上がるのかよ、それで、サンセキの歌の理解が深まるイカNO…
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ピアソンHamatani先生

 もう、20年位ほど前、この先生に、英語の論文を見てもらいました。その頃、  ワタスは新人で。  一言、お前の、イントロは面白くないから、書き直して来いと言われました。  直して、先生は、マシになったと言ってくれた。  その他、色々、鉛筆で、朗読しながら、直してもらいました。橋は力強く、渡るのです・ …
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La claire fontaine

 ローズマリー、タイム、カルダモン、セージ、シナモン、生姜、アホ。  禁煙ファッショ万歳、マンセー。ノッビキならない用事で、尾根感を速歩してら、我。憩いの場所がなかったので、歩きタバコだ。  健康ぞうしんの、散歩か、未来の垂れ流し知らんけれども、老夫婦のオスが、カバチタレよったぜ。俺の相手ではないので、香典あげたぜよ…
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1938年「私」自身によって

4月1日 国家総動員法 7月15日東京オリンピック(1940年)返上 8月16日 ヒトラー・ユーゲント来日 9月11日 従軍作家陸軍部隊出発 11月9日 クリスタル・ナハト(ドイツでユダヤ人迫害開始)
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Des gens sans importance

原題をヘッドライトとするのは無理があり、道では、ジェルソミーナのラ・ストラーダになってしまう。 11日の辺見庸さんblog. 築地の移転は10月11日か、怪物、ローマン・ヤコブソンの誕生日だな。今のニッポソに詩学なぞ皆無だな。みんないいフトばかりなのかよ? けふ、『月』第3回の著者校で「アシダカグモ」をすべ…
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オコノサタ

はっ?体位とか側位の日程がどうしたのか? 誰がロード・マップを主導しているのだ? 大晦日だか、クソ味噌一緒のある日だか、国家情宣局の白けきったカガイの擬似イベントがある日か知らないが、今、俺は18の頃、ある男と山頂で食べたククレ・シチューのオジヤを思い出している。だから今、ラーゲとかカーマ・スートラの雰囲気ではない。この写真のよ…
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官能的(1970年)

ナニヲミテモフツカヨイ? いっぱいの酔い覚まし? はっ? 死んでも...遺体遺棄か? 二人で育てた小鳥は苦シ? つぐみ食べたら条例違反やん。 二人で、... もやしラーメン もう一度、言って。 ワカラナイ、メンヘラ? ダリダで鰯かけた ...手紙 泪でつづみ打った、カミツレ? レース参加は正月は…
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無法松

けふ、この店で、てのごいを贖いました。多分一生もんでしょう。風呂場であかすりに使います。紺ぬき染めの紗綾文様です。  久しぶりにー、まま・オーヤンフィフィとザギンで待ちわあせました。ママは、久しぶりに鴨フェラのタイネクを探しましたが、私わー、ミラー・ションベンのネクタイを探していました。漁りましたが良品がありませんで…
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「月(ツキ)」が出た

 こんな夢を見ました。  おそらく祖母の家でしょう。もうこの世の人でないひとたちが集まっていますが、気配のみで見えません。  10代の藤圭子が立っています。歌い始めるのを待って、みな、そわそわしているのですが、歌いません。ですが、私の耳には「港町ブルース」が麗麗と流れております。  近所の土木作業員たち…
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歌舞伎

 梶大介の記事をどうして改めてわざわざ記載する気になったのか、不思議な感じでしたが、辺見庸『眼の探索』の「花食む男」(1998年出版)が伏線、内奥に触れる「粒のざらつき」ではないかなと思いました。  かすかな記憶で、2000年当初には、社会から切り捨てられて行く人々の真摯なドキュマンもまだ、TVや新聞で日常に、見え過ぎちゃ…
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サクラ・ラクサ

(Zeiss Otus 85mm, ISO 200, f/1.4, 5.0 sec, ノーフラッシュ、三脚使用)  サクラ、クラサ、ラクサ クサラ、サラク  ロードバイクの青年が夜、車に弾かれて、亡くなった場所サ。
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―棄(す)てられしものたちの残像―

『世紀末の風景 ―棄(す)てられしものたちの残像―』は、今からほぼ20年前の1998年にETV特集の連作の一つとして放映されたドキュメント番組です。98年という時点は、阪神淡路大震災、オウム真理教事件から3年経ち、これを境に自殺者が3万人台を突破した時期でもあります。翌年には周辺事態法が成立しました。連作の一つには、自殺に特化し…
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父を問う

辺見庸「父を問う ―いまと未来を知るために」2017年3月12日(日) Eテレ ☆ 「もうちょっと深く対象化する眼というものを「あなた」もっていなかったのか?という思いがどうしてもある。」 ☆ 相模原障害者施設殺傷事件は私(ブログ筆者)の中にきっとあるだろう。確かにある。あると思う。 ☆ 辺見庸『1★…
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辺見庸 『眼の探索』周辺 90年代

☆ 「空白への旅」より 「いやぁホント、久しぶりの旅なんですよねー。こーぅ、今度は、なんて言うのかなー、こーう、自分のー、空白を埋めるんじゃなくて、逆にーぃー、カ、カラダの中のものを詰め替えるっていうのかな、こう、我楽多みたいなものを叩き出して、こー、むしろ、空虚になり、なりにてゅーか、空白ーにーなりに、旅に出て来たって…
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流離

 彷徨(さまよ)うというよりは、流離(さすろ)うのほうがピッタリとする。 ☆  オレは、走って、いつもの風景を越え、少し遠くまで走っている。安っぽい帰巣本能の呪縛が解けて、力入れずに、前向きに距離を伸ばし続けている。 ☆  かなり遠くまで来た。タイム・レースの緊迫感などない。LSDだろう。これはヤクではなく、ロング・スロ…
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